「姐さーん? 姐さんってばー」
「ん? ああ、ごめん。……狂乱されたら、か。ゲームの話よね」
私を姐さんと呼ぶのは、ブラックフューリーのガリアルド、ミア。ブロンドの似合う美少女だ。彼女は、私がSniDAに入るやいなや、さも当然のように、胸に飛び込んで来て、挨拶もそこそこに、狂乱について訊いて来たのだった。
「ゲームの話だよー。『マジ』ならどうするか知ってるし。地面とキスさせればいいんだよね」
「だいたいあってるけど……誰が教えたの、それ」
「姐さんじゃん? 偉そうなファングのおっさん転がしてさ、ボッコボコにしてたよね!」
と、興奮した調子で話すミア。
「狂乱してても、殴れば気絶するし、殺さないで済むし……」
などと、言い訳がましく言ってみる。
私はエスプレッソを、ミアはココアを頼み、ソファの席に腰をかける。彼女は向かいのソファには荷物だけ置いて、わざわざ隣に座るのだった。へへへー、などと笑っている。やれやれ、という顔をして見せるけれど、正直な所、可愛い。……見透かされていないといいのだけれど。
……と、そんなことに気をとられているうちに、彼女は私の腕に手を当てて、思案顔をしているかと思えば、やおら口を開いた。
「……こんなほっそい腕で、どうやってるの? 実は強いってワケでもないだろうし」
「まあ、いいじゃない、それは」
私は、努めて冷静に、そう言った。
「むーぅ……わかった」
とりあえず引き下がってくれたようだ。よかった。恥ずかしい自分語りをしなくて済んだようだ。
「それで、狂乱されたら、どうしたらいいかな?」
「他のPCが、手早く対処すれば楽ではあるわね」
「姐さんみたいに? バックマウントで? グーパン連打?」
そんな、それが胸キュンなの! みたいなジェスチャーで、蒸し返されても、困る。
「……それ以上言うと、口を塞ぐわよ」
「唇で!?」
そんな期待に満ちた目で見つめられても、やっぱり困る。
……。
……。
にらみ合いのような緊張感に負けて、私がついと目を逸らすと、すかさず、彼女は、
「勝った!」と快哉を叫んだ。
そのタイミングで、エスプレッソとココアが運ばれて来た。気まずい……というか、気恥ずかしい……。チップを出す手がおぼつかない程に気恥ずかしい。と、思っているのは私だけのようで、ミアには、そんな素振りは全くない。
「……こほん、とりあえず、狂乱中に……」と、しれっと流して話し始めると、
「えー! 勝ったごほうびはー?」と不満そうな声が聞こえるけれど、多分気のせいだ。
「……狂乱中に起こりうることで、最もマズイのは、PCから死人が出ることね」
「……そうそれ! グーパンなら死なないのにね!」
まだ言うか……。こうなったら、相手にしたら負けである。
- 打撃ダメージで行動不能になったら、気絶する(業怒による活動続行の可否には触れていない)。
- 致死ダメージで行動不能になったら、気絶するが、代わりに業怒による活動続行を試すこともできる。気絶した場合に、さらにダメージを受けると死亡する。
- 再生不能ダメージで行動不能になったら、業怒による活動続行に成功しないと死亡する。
※従って、基本的にガルゥは打撃ダメージでは死亡しないので、止める側はパンチでトドメを刺せばいい。
「ま、死ぬかもしれないのは、狂乱した側だけではないけれどね」
「あ、そっか。止めに入るのも命懸けだもんね」
「というよりむしろ、止めに入る側の方が危ないわ……とは言うものの、『現実』よりはよっぽど対処のしようがあるわね。……STがいるから」
「どういうこと?」
「ルナよりも、STのほうが優しいってこと。ま、とりあえず、ルールの確認をしましょうか」
狂乱に関するルール(抜粋) 日本語版P216より
- <業怒>判定に4か5成功すると狂乱する。6成功するとワームに囚われる。
- 狂乱には、狂戦士化と遁走がある。ワームに囚われた場合は、必ず狂戦士化する。
- 狂乱は<意志力>1点で抑えることができるが、ワームに囚われた場合はそれができない。
- 引き金となった出来事が終わった時点で、<意志力>判定に成功すると醒める。
狂戦士化の場合
- クリノスかヒスポに変身する。
- <霊力>原点が<業怒>原点より低い場合は、パック仲間を区別できない。
- <意志力>1点を消費すれば、区別できる。行動ごとなのか、ラウンドごとなのかは不明。
(状況に合わせて、そこにいる全てから)STが攻撃対象を選択する、と明記されている。- <霊力>原点が<業怒>原点以上の場合は、パック仲間とそれ以外を区別できる。
誰が攻撃対象を決めるか明記されていない。とはいえ、プレイヤーが自由に決めることにすると、ただのパワーアップになってしまうので、なんらかの施策が必要かもしれない。遁走の場合
- ルーパスに変身する。
- 逃走の邪魔になる物だけを攻撃する。
「……と、大体このあたりね」
「何らかの施策、って?」
「プレイヤーが自由に選ぶことにすると、戦闘に入ったらいきなり狂乱を狙うゲームになるでしょ? ……いや、撤退できないという問題はあるけれど」
「そうだね」
「でも、『世の中』そんなに巧く行かないじゃない」
彼女は何かを思い出し……苦笑いを浮かべた。
「というわけで、私としては、状況に左右される、という記述があるから、STが状況に合わせてターゲットをいくつかピックアップして、プレイヤーが一番納得した対象に攻撃する、という策を提案するわ」
「んー、ピンと来ないよ……」
「例えば、ミアは狂乱してもパック仲間の区別がつくとする。パック仲間のフランクが、ミアを狂乱させて逃げた。そして、パック外のディーターが、ミアを止めに入ったとする。それ以外にも敵がいて、敵Aがミアとフランクの間に位置していて、敵Bの流れ弾がミアに当たった。なんかあっちの方でセレステさんが敵Cと戦ってる」
「えーっと……イメージできた」
「ここで、STは、ミアが殴るべき対象を、理由をつけながら列挙する
- 狂乱の元凶「フランク」
- 「フランク」への攻撃を邪魔する「ディーター」
- 「フランク」との間にいる敵A
- 「ミア」に弾を当てた敵B
※セレステさんと敵Cは選択できない
……と、こんな感じに」
「その中でどれかを選ぶの?」
「そう」
「でもさ、パック仲間は攻撃しないんじゃない?」
「醒めるには、狂乱の引き金となった出来事が終わった時点で<意志力>判定、ということは、狂乱中も、狂乱の引き金が何か認識している、と考えられるので、私の中では、フランクを選択肢に入れるのが正しい……『実際』もそういうフシがあるし。ま、STの考え次第だから、入れなくてもいいと思うわ」
「ナルホド、それなら納得。じゃあ、せっかくだからフランクさんにする」
「何がせっかくだからなのかわからないけれど、そんな感じ。……もっとも、『見えるのは一面の赤と、その中で蠢くモノばかり』という記述を重視するなら、もっと単純にサイコロを振って決める方法もあるわ」
「その方が楽かも」
「でもリスクがあるの。狙われたら死にそうなPCを、STの意図で外すことができなくなる……いや、できなくはないけれど、不自然になる」
「スクリーンの中で振れば?」
「それは選択肢としては十分にあるし、実際上は自由に対象を選べるから楽ね。ただ、その場合は、毎回必ずスクリーンの中で振らないと、死にそうだから中で振ったな、と思われるね」
「うーん……どれもこれも一長一短なんだね」
「そうね。あとは、STとプレイヤーの思想次第ね。ただ、偶然の狂乱で、偶然にPCが死ぬような事態は、避けるべきだと思う。……って、これも思想か……。まいっか。その理由は、偶然ならPCが死んでも仕方ないと、STが考えていることがわかると、プレイヤーが狂乱してくれなくなるから」
「狂乱してくれなくなる?」
「私達の抱える『現実』と違って、ゲームの中では簡単に狂乱を抑え込める。プレイヤーにとっては、<意志力>プールに消しゴムをかけるだけだから。それでも狂乱してくれるということは、そのSTは信用されているってことなの」
「サイコロは、STみたいに信用できないから、STがサイコロ大好きだと、警戒されるってこと?」
「そうそう。その結果、プレイヤーは狂乱に消極的になり、<意志力>が1減るだけのつまんないイベントになってしまう。本当はそこが濃密で楽しいにも関わらず」
「確かに、『現実』よりは遥かに楽しいね。スリリングだし」
「偶然の狂乱で、1度でもPCを殺したら、2度と狂乱してくれないかも、くらいのつもりでやらないといけないわ。……真の熟練者だけを相手にSTするならいいけれど、そうでないなら、どんなに不自然だろうと、場合によっては黄金律を使ってでも、偶然の狂乱でPCを殺すべきではない……と、私は思う」(訳注:日本語版P199 黄金律 ルールはない)
「熱く語ってたのに、なんで最後だけトーンダウンするのー」
「最終的には、STとプレイヤーの好みが優先だから。サイコロ振って、八百長なしでやらないと気が済まない、というSTと、それを支持するプレイヤーがいたっていいと思うし」
「あ、なるほど」
「長くなったから、休憩しましょう」
「うん」
ウェイトレスを呼んで……あれ? ウェイターって言わないと怒られるんだっけ? cameriere/aと呼び分けるのが当然なイタリア語も話せる私には、何を必死に怒っているのかワケがわからない。そのくせ、レディファーストとか言ってるよね? 何考えてるんだろ? って、全然関係ないか。ま、とにかくカフェ・サンブーカとカフェラテを頼んだのだった。
「ねね、カフェ・サンブーカって何?」
「ニワトコとかアニスとか何とかで作ったイタリアンリキュールを、エスプレッソに入れた飲み物ね」
「なんかイタリア人っぽい」
「アメリカ人だけれどね。ま、母がイタリア人だし」
「イタリア語話せるの?」
「Parlo Italiano, e Hablo Español, y Ich spreche Deutsch, und … ニホンゴチョットデキル」
「なにそれ、超カッコイイ!」
「あら、そう? でも、使う機会があまり……南部に行けばスペイン語は使うけれど」
……閑話休題。殆ど説明し終えた感じもするけれど、仕上げが待っている。
「それじゃ、そろそろ再開するよ。以下の説明は、
- STは、PCを殺したくない。
- プレイヤーも、PCを殺したくはないし、殺されたくもない。
- 狂戦士化時の攻撃対象は、STが選んだ中からプレイヤーが決める。
ということを前提に話すわね。前提から外れるケースは、後からちょっと考えるわ。前提に思想が入っている辺りが、いかにもW:tAだけれど」
「うん、わかった」
「さて……STとして、PCの狂乱に出くわした場合、PCがPCを殺してしまうことを防ぐためのカードは、3種類あるの」
「方法が3つあるってことだね」
「そう。但し、毎回その全部が使えるわけではないのね。ま、その場合分けは後でするとして、とりあえずカードの使い方を教えるわ」
ミアは頷いて、ペンを持つ手に力を込めた。
「1枚目は、攻撃対象を決めるカード」
「さっき話したヤツだね」
「そうね。死にそうなPCが攻撃対象にならなければ、死なない。但し、前述の通り、攻撃しない理由……というか、他の対象を攻撃する理由を語れなければ、使えないカードね」
「理由か……えーと、間にいた、妨害してきた、攻撃してきた、だっけ」
「近くで暴れられて耳に障った、とか、武器の光が目に障った、とかいうのもありかな」
彼女は首を傾げて……
「……それって、いつでも出せそうじゃない?」と訊いて来た。
「他のPCも死にかけたりして、消極的になると、身代わりがいなくなって、出せないこともあるわ」
「あ……そうか」
「はい、そこで2枚目。狂乱を終わらせるカード」
「え? そんなことできるの?」
「狂乱した原因が、STCとか、無生物とか、PC以外ならね。使用条件は、原因を場面から消すこと」
「あ……醒めるための<意志力>判定をさせるカードってことかぁ……PCは勝手に場面から消せないから、PC以外なんだね」
「そう。ちなみに、殺す以外に、界渡りとかでも消したことになるからね」
「狂乱してるガルゥは界渡りできないもんね」(訳注:日本語版P216参照)
「姿を消す霊宝とかでもいいし、他のSTCが原因のヤツを抱えて、ジャンプして屋根の上に跳びあがってもいい。物なら、誰かに壊して貰えばいいし」
「ナルホド。使えれば強そうなカードだね」
「そして、最後の3枚目が……」
「(ゴクッ)……最後の3枚目が……?」
「黄金律のカード」
「それって、ありなの?」
「ルールはない」(訳注:再出。日本語版P199)
いい声で言ってみた。ミアは流石に不服そうだけれど。
「そりゃ、そうだけどさ」
「2時間使ってキャラメイクして、セッション開始1時間で、偶然の狂乱で死ぬくらいなら、黄金律を使う方がいい」
「そう言われると、そんな気もしてくるけど……」
それでも、まだ不服そうなので、引っかかる部分を軽減する答えを提案してみる。
「使用条件……っていうほどのこともないけれど、一応の公平性のために、何かを代償にした方がいいかな」
「例えば?」
「どちらかのPCの祖霊の魂が輪廻に還ってしまう、霊宝の中の精霊が霊験で助けてくれるけどその霊宝が灰になる、許婚とか兄弟みたいな重要なキンフォークが飛び込んで来て身代わりになる、伯父さん……じゃない、導師が身代わりになる、欠点とか忌腹の奇形に類似した恐怖症やPTSDがつく、襲われたPCの目や腕、身体カテゴリの能力値や<容姿>から1つ、襲ったPCの腕や<霊力>原点や<意志力>原点……って、これくらいあれば1つくらいPCの抱くワーウルフ像に合う物があるでしょ」(訳注:欠点は追加ルール。未訳)
「キンフォークが身代わりかぁ……あぶなぁーい! ってヤツだよね。それなら有りかなぁ」
と言いながら、抱きついてくるミア。駄目だ、可愛い。
「そ、そうね。あー……えーっと、ミア? このままだと、キンフォークの男達の視線が、痛いんだけど」
「いいのいいの、妬かせておけば。姐さんを妬んだって仕方ない、ってわかるまで見せつけてあげるの」
「いや、その、あー……ほら、まだ終わってないし!」と言って、ミアを元通り座らせる私。
「ちぇー……」と、口では言いながら、慌てる私を見てニヤついているミア。むぅ、可愛くない。
「それで、姐さん、襲ったPCの腕や<霊力>原点や<意志力>原点って、どんなファンタジーなの?」
「ん? 嗚呼。敵に洗脳されて味方を殺せとか言われた時に、自分の腕を貫いて止めたり、内なる声が響いてどうのこうの、とかあるじゃない」
「あ、見たことある」
「それをデータに反映してみたらこうなった。ルールはない」
「姐さんがPCを殺したくないのは、よーくわかったよう……」
- 攻撃対象を決めるカード
- 狂乱を終わらせるカード
- 黄金律のカード
「えっと……次は、カードの確認?」
「そうね。狂乱の原因がPCか、それ以外か。パック仲間が区別できるかどうかで、STの手札が決まるわ。
- 原因がPC以外で、パック仲間が区別できる → 2,3,(限定的に1)
- 原因がPC以外で、パック仲間が区別できない → 1,2,3
- 原因がPCで、パック仲間が区別できる → 3,(限定的に1)
- 原因がPCで、パック仲間が区別できない → 1,3
……と、こんな感じ。カードはできるだけ若い方から使ってね」
「こうして見ると、原因がPCで、パック仲間が区別できる時がつらいのがはっきり……限定的に1っていうのは、選択肢から最終的に選ぶのがPCだからってことかぁ」
「うん、そう。非限定の1とか2のカードがある場合は、密室に2人きりとか、そういうよほど酷いケースでしか、3のカードの出番はないと思うの。つまり、普通に対処できるってことね」
「そりゃ、そうだよね。攻撃対象が選べるか、狂乱を終わらせられるかすれば、死人は出ないし。……でもさ、限定的な1のカードだって、十分役に立つんじゃない? 選択肢はSTが用意するんだし」
ついに一番面倒な話をする時が来てしまった。ここまでは、要は談合による出来レースなのだ。
「そこで、さっき後から考えると言った、前提から外れるケースの話になるんだけど……」
「うん」
「襲われているPCに、狂乱しているPCから狙われる理由があったら?」
「うえぇ……そんな話になるの!?」
「逆でもいいわ。狂乱しているPCに、狙われる理由があったら? 止める側も、グーパンでは済まさないかもよ。爪や牙の出番かも」
「うーん……例えばどんな理由?」
「例えば? そうね、昔、ケルンの位置をデッドマンズハンドに売ったPCがいたわ」
彼女は目を見開き、口をパクパクと動かした。開いた口が塞がらないようだ。
「はぁ!? 正気なの? 事故とか勘違いとかじゃなく?」
「彼は、正気だと主張していたし、事故でもないわ。……勘違いなら、STが止めていたはずだし。まあ……彼が狂乱したら、止めるフリをしてKIAにしてやろうと思っていたけれど、私にはチャンスが来なかったなぁ……」(訳注:KIAとは戦死のこと、killed in action)
「あたしだってチャンスを窺うよ、それは……」
「さて、それでは、彼が、ミアを狂乱させたとしましょうか。この場合、PCはPCを殺したくない、というさっきの前提が成立するでしょうか」
「あ……」
「STは、当然いつも通り、その彼を攻撃対象案の1人に入れたとしましょう。場の空気っていうやつは、チャンスって空気です。どうするミア?」
「……その彼に攻撃する」
「うん、知ってた。さて、その場合、STは黄金律のカードを出すべきか、否か」
「ええええええ、何その難問!? どうするの?」
「それは、プレイヤー達と話し合って決めるしかないわ。ただ、そこまでの話になるには、PCがPCを気に入らない、という以上に、自分のPCはこんな無法を見過ごしていいのか、みたいな思いがプレイヤーにあるから、簡単に譲らない可能性が高いわね。そうなると、ルール通りに死んでもらうか、命は助ける代わりにMIAにするか、助ける代わりにごっそり代償を取るか、どうするにしても、厳しめに対処しないと溜飲が下がらないかも」(訳注:MIAとは戦闘中行方不明のこと、missing in action)
「そうだよね……そんな気がする」
「一見似てるけど、躊躇無く黄金律のカードを使える例もあるわ。プレイヤーは特別なんとも思っていなくて、PCの個人的な理由で怒った場合、かな」
「例えば、どんな感じ?」
「忌腹のPCが、ガルゥ同士の情事を見咎めてしまった、とか」
「んー……あー……確かに、唱い掟違反ではあるけれど、ケルンを巻き込んだ大問題、ってわけでもないってことか……でも、自分が忌腹だから、PCの思考としては引けないんだね」
「そうそう。キャラクター的には助けたいけれど、PCとしては手を抜けない。これなら助けても誰も文句を言わない。むしろ、その軋轢をネタにして、面白いシナリオが書けるかもしれない。だから、黄金律のカードが出せる」
と言いながら、カードを場に出す仕草をする。彼女はカードが置かれた所をじっと見て、考えているようだ。……睫毛長い。作り物でも、これほど美しい横顔は目にしたことがない。ぼんやりと見とれていると、彼女は急にこちらを向いた。自分の心拍数が跳ね上がるのがわかる。……あれ? これってさ……と、何かを思いつきかけた所で、
「なんかわかった気がする!」
と、彼女は屈託の無い笑顔で笑った。私も、大きく、止まっていた息をついてから、つられて微笑んだ。
「でもさ、わかんないことがあるんだ」
ミアが真剣な顔で私を見る。強い声色に、なんとなく気おされてしまう。
「……な、なに?」
「フィアナの人って、いっつも狂乱する方だよね、止める方じゃなくて」
「それが何故か、なんて、私には……」と言い掛けると、
「そうじゃない。姐さんはフィアナなのに、必ず真っ先に止めに行く人なの。危ないに決まってるのに、そんな、ほっそい腕で。それってなんで?」
「なんで、って……その……」
彼女は、意志の篭った、それでいて泣き出しそうな顔で私を見つめる。私は、そこに並々ならぬ思いを感じた。誤魔化しても、納得しそうにないわね……。
「……私は、ガリアルドだから」
気づくと、独り言のように言っていた。
「え?」
「私は、確かにフィアナだけれど、ガリアルドだから」
ミアは、わからない、という顔をしている。それは、そうかもしれない。
「ふとしたことで狂乱して、止めて貰えずに死んだガルゥがいたら、それを語るのは、私」
「あ……そっか……」
「何かを為すために犠牲になったガルゥの話でもつらいのに、あれは本当に嫌なものよ。フィアナの仲間達は、そんな時でも、泣いて、喚いて、飲んで、暴れて、寝たら、次の日には割り切っているけれど、私はそんなに器用じゃなくって……」
「それで、何ができるか考えたってことなの?」
「そう。私には力がなかったから、ガルゥを転がして、上から殴る、ひたすらそれだけ練習したの。それと、意志も鍛えた。自分が狂乱していたら、止められないから。そのせいで、らしくないってよく言われるけれど、いいの。一番悲しい物語を語らないためなら、安いものよ」
いつの間にか、ミアが涙目になっている。う……そんな、泣かれても、困るんだけど……。
「ま、そんなわけだから、ね。えーと、そのー、みんなには、秘密だからね? 貴方と、伯父さ……導師しか知らないんだからさ」
「うん、わかった……。ありがとう、教えてくれて。でも、私だって、姐さんが去った物語を聞くのは、嫌なんだから、気をつけて……ね……?」
「……わかったわ」
私が笑顔で頷くと、彼女も笑顔を返したのだった。