私とローズ・トゥ・ロードと斎藤文彦

前座のセッションを終えたイッサ・カジワラは、タオルで流れる汗を拭いながら答えた。
「相手がワルツならワルツ、ジルバならジルバ……」
既に、新人による復刻版ローズ・トゥ・ロードのセッションが始まっている。今や、メインイベンターは彼らボーイズのものだ。カジワラは、そちらのプレイヤーの反応を少し気にしながら、ゆっくりと深呼吸すると言葉を続けた。
「ローズならローズだよ」

実は、イッサ・カジワラとローズ・トゥ・ロードの関係は短いようで長い。旧版のローズ・トゥ・ロードには手を出さなかったものの、ビヨンド・ローズ・トゥ・ロードは発売して直ぐに買った。チャンピオン時代はファー・ローズ・トゥ・ロードを手に日夜テリトリーを廻ってタイトル防衛戦を繰り返したし、ローズ・トゥ・ロードが復刻した時には後輩ボーイズが旧ローズのシナリオを持って GM をお願いしにきたりした。チャンピオンだった時の癖か、カジワラは挑戦を断ることが出来ない。
「シリ山脈の氷宮には行ったことあるかい? あそこは本当に凄い所さ。『その槌を振るい、我が身に杭を打ち込むがいい』だぜ。プレイヤーやゲームマスターはおろか、神様だって介入出来ないシナリオなんて素敵だろ」
最近は、Role&Roll 誌の発売に合わせてコンディションを整えなければならない。いつローズのシナリオが載っているか分からないからだ。もしシナリオが掲載されていたら、雑誌の発売日はローズのセッションをする日になる。
「Role&Roll vol.4 のシナリオを見ろよ。『暴力としての戦闘』と『エンディングシーン』が書かれていない。その理由もまた傑作。全くオールドスクール old school ……いや、寧ろ今となっては新しいのかもな。おかしな話だが」
他愛も無い話を続けながら、カジワラはボーイズのセッションのテーブルに真剣な眼差しを送る。ここではどんな妥協も許されない。ボーイズが出した骨の商人グドルがキャラクター達に取引を持ちかけたところで、カジワラの頬が緩んだ。

「何故、ローズのオンリーコンなのかって? あいつらに聞いてくれよ。俺はコンベンションの責任者を頼まれただけさ。ボーイズが決めたことだ。だが、うん……悪くない」
既に半ば引退している前座ゲームマスターでも、かつてメインイベントを闘った時の血が騒ぐ。イッサ・カジワラは、2つ返事でローズオンリーコンの開催を決めた。だが、カジワラが責任者を務める以上、妥協は許さない。
「『 RPG は平和ではない。RPG は戦いである。武器のかわりがダイスであるだけで、それは地上における、最も激しい、最も厳しい、自らを捨ててかからねばならない戦いである』って言葉を聞いたことはあるかい?派手なゲームも大いに結構。だけど、それだけじゃつまらないだろ?」
そういって、少し考えたあとイッサ・カジワラは続けた。
「もう奴らがメインイベンターさ。俺が出来ることなんてあまり残っちゃいない。けど──」
そんな言葉を呟いたとき、もうイッサ・カジワラはボーイズの顔をしていた。カジワラは、「失礼」と一言残して、セッションが終わり感想戦を行っているボーイズ達のテーブルに近付いていった。

「お前ら、ローズってもんがちっとも分かっちゃいないな」
そんな厳しい言葉を投げかけるカジワラに、ボーイズ達が注目する。コンベンションまでは少しの時間も無駄には出来ない。もうゲームは始まっている。
「……最も、俺だってちっとも分かっちゃいないが、な」
そう続けてからカジワラは器用に片目をつぶってみせる。若いボーイズ達は安心したように笑い声を挙げた。ボーイズとボーイズはいつだって信頼関係で結ばれている。そうやって RPG は続いていく。
「俺が知っていることといったら、ピルペを喰って煙草をすったら危険だってことくらいさ」
そういってカジワラもガハハと笑った。

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