私とローズ・トゥ・ロードと転倒する世界

「ローズでしか出来ないこと、ローズにしかないものってなんですか?」
こう聞かれたとき、どんな答えが返ってくるだろうか。俺はなんと答えるだろう。

儚くうつろう世界観? 幻想的なユルセルーム世界? 不思議な魔法システム?
野生の獣を恐れることになる"普通の"人々が主役であること?
"試行錯誤"と"発展"を掲げる人間族の美しさ? それとも哀しき妖精族たちの物語?
魔法から形作られた精霊と、精霊から形作られた世界の構造?
それとも、あいまいで不確かなものを大事にするその有り様?

抽象的な言葉で、俺は、人に何かを伝えられる気がしない。
だから、今回は一つ、具体的な言葉でローズにしかないものを語ってみよう。

ローズにしかないものは、「すべて転倒」である。

誕生期〜四王国時代〜

時は遡ること1984年。Dungeons&Dragons®の邦訳版が出るより少し前。
ローズ・トゥ・ロードは、本邦初のファンタジーRPGとして発売された。
小さな箱の中には、ユルセルーム世界の概要と、
その世界で遊ぶルールブックが収められていた。
未だRPGで遊んだことがない大多数の人々にとって、
その遊びは非常に困難なものだったことだろう。

このゲームでは戦闘の判定の際に「アクシデント表」の結果が適用されることがあった。
そのアクシデント表の一番上に奇妙な言葉が書いてある。

「すべて転倒+1ダメージ」

この言葉に直面した、その当時のプレイヤー達の混乱のほどはわからない。
今のように高度情報化が進んでいない社会である。自分たちで解決するしかなかったはずだ。
だから、プレイヤーたちは、その言葉に正面からぶつかった。
この結果が適用されたとき、場面にいるすべてのものが転倒することにしたのだ。
なるほど、「すべて転倒」である。

後のサプリメントで、実はこれが「すべって転倒」の誤植だったことが明らかにされる。
この時、ローズで遊んでいたプレイヤー達の対応も、実はよくわからない。
「すべてを転倒」させたものもいれば、「すべって転倒」することになったものもいたのだろう。
今のようにエラッタがすぐ修正されるような事がなかった時代の副産物。
ユルセルーム世界が世に知られた時、すべて転倒が産まれた。

時はおりしも「四王国時代」。
ユルセルーム世界に強大な魔法の力が、未だ満ち溢れていた頃の話である。
死者すら蘇らせる可能性もある魔法ルールにも、その魔法の強さは現れている。
しかし、この後、世界から魔法は失われる。忘却の呪縛によって。

喪失期〜忘却の呪縛、過ぎさりし後〜

四王国時代の末期に、世界は忘却の呪縛に囚われる。
ビヨンド・ローズ・トゥ・ロードは、この忘却の呪縛の過ぎ去った後、
変容した世界を舞台にしたRPGである。
世界には強大な魔法はすでに存在していなく、
マジックイメージという断片的な存在として現れていた。
魔法使いは、こられのイメージを組み合わせて魔法を創り出していく、そんな時代。

このゲームには「アクシデント表」がない。
だから、当然、この時代には、「すべて転倒」はない。
魔法とともにユルセルームから「すべて転倒」は失われたのかもしれない。
この時代を、四王国時代を知るプレイヤー達がどう思ったのか、今に伝える資料は残っていない。

後に発売されたサプリメント「変異混成術師の夜」には「アクシデント表」があるものの、
すべて転倒はその表には存在しない。

再発見〜大旗戦争の予感に世界が怯える頃〜

ビヨンド・ローズ・トゥ・ロードの時代から、再び時は流れ
ファー・ローズ・トゥ・ロードの時代が来た。
ビヨンド・ローズ・トゥ・ロードの時代にマジックイメージで形作られた魔法が世界に撒かれ、
少しずつ世界が魔法の力をとりもどしはじめた……そんな時代である。

判定時にファンブルしたときに適用されるファンブル表の一番下に、
四王国時代を体験した人々が懐かしく思い出す文字が踊る。

すべて転倒。戦闘をしていた敵味方を巻き込んで転倒する。
全員、起きあがるには1ラウンドを要する

注意:「すべて転倒」は誤植ではありません

ここに至って、世界にすべて転倒が帰ってきた。
また、世界のどこかで、すべてが転倒しはじめたのだ。
忘れていた何かを思い出したかのように。

この後、世界を揺るがす大旗戦争が起こる。
この戦争が収束した以降の、ユルセルームの歴史は未だ紡がれていない。

再喪失と再発見〜もうひとつの四王国時代〜

2002年になり、ローズ・トゥ・ロードは復刻されることになる。
時代は世界が強大な魔法の力に満ち溢れていたあの四王国時代。

だが、この復刻版にはアクシデント表が無かった。
ゆえに、すべては転倒しなかった。
この復刻については、様々な思惑があったのだろう。
「すべて転倒」まで復刻される必要はなかったのかもしれない。
そもそもアクシデント表を載せることすら忘れたのかもしれない。
これらの事情について詳しいことは何もわからない。

そして、すべて転倒が誰かの懐かしい風景から忘れ去られようとしたとき、
誰かがこっそりと魔法を使った。

2003年、サプリメント「ザ・ストレンジソング」の発売。
オプションルールとして紹介されたアクシデント表のなかに
彼は控えめな顔で、表の上から二番目に収まっていた。

全て転倒。その場にいるクリーチャーの全てが転倒する。
次の戦闘順には行動可能となる。

いつのまにか"すべて"は"全て"になっていた。
もうきっと、誤植だなんて思う者は誰もいないはずだ。

世界はすべて転倒を思い出し、
ユルセルーム世界に全てが転倒する日が帰ってきた。
多分、今日もユルセルームのどこかで、全てが転倒していることだろう。

最後に、Role&Roll vol.1に掲載された傑作リプレイ小説
「涙の花」からこの一文を引用しよう。

おううう、おうううと風が泣き、地面が激しく揺れた。
巨樹の根が引き裂かれ、影棲人たちは皆、地面に転倒した【駐24】

<駐24:影棲人(GM)は判定でファンブルを振る。アクシデント表により『すべて転倒』
ただし、このように魔樹まで転倒させるのは、やりすぎ>

確かに、やりすぎ。

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