私と World of Darkness(正統派)

始まりは『ブラックロッド』である。

古橋秀之氏による同書を紐解いた時、わたしは圧倒されてしまった。登場人物の一人であるビリーに完全に惚れ込んでしまったのだ。

任務の為に魔法によって人格を封じられ、やっと人間らしさを取り戻したと思った直後、体を乗っ取られてしまうブラックロッドの悲しさも格好いい。
周りの人間から魔女と疎まれるヴァージニア・セブンは、死んでも地獄行きが確定している。生きている時でさえ、人格は別な人間のコピー、体は作り物であるという惨めさだが、人間以上に人間らしく、最後にはブラックロッドの心を開いてから消えてゆく。彼女の、生を受けた時から決まっている救いの無さに惹かれもした。いっそ作られてこなければよかったのに!
ゼン・ランドーもいい。自分の生き方を自分で決められない哀れな将校。パッティもまたいい。知らなければ幸せだった、無辜の被害者。

魅力的な登場人物が色々と出てくる中、それでもわたしはウィリアム・ロン──ビリーなのである。

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ブラックロッドとビリーとの二人で主役を張る以上、始めから人格を持っているビリーに感情移入してしまうのは仕方の無いことなのだろう。わたしも恐らく、主人公であるが故に余す所無くその魅力を描かれたからこそ、ビリーに惹かれたのだと思う。

当時中学生だったわたしにとって、バンパイアといえば、矢張りいつの間にやら刷り込まれていた「ドラキュラ伯爵」だった。貴族然とした上品な出で立ちに丁寧な言葉遣い、ワイングラスを片手に空いた手で哀れな犠牲者を愛撫する──これがバンパイア=ドラキュラ伯爵のイメージである。

今となってはその他様々なバンパイア像があることを了解しているが、ドラキュラしか知らないわたしにとってビリーは強烈過ぎた。
カジュアルな服装で雑多なスラムを何の違和感も無く練り歩くビリー。跡形も無く消されたにも関わらず、一秒も経たずに再生してしまうビリー。気に入った娘でも、文字通り「食べてしまう」ことでしか愛情を表現できないビリー。脳に機械を入れてまで吸血衝動を抑えるビリー。魂を持たず、死んだ場合には地獄にすら行けずに只消滅してしまう、神に見放されたビリー。いつ消えても構わないと思いつつも、「ついつい」長生きしてしまうビリー。

どれもこれもわたしの心を捉えて離さなかった──。

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──あれから数年、大学のRPG研究会に入ったわたしは、右も左も分からない、言わば「雛」だった。どちらかと言うと知識を求めがちなわたしだから、暇があればRPGの情報を漁っていた。そんな中で見付けたのがベンさんによるウェブサイト「Ben's RPG Web Site!!! (http://www1.linkclub.or.jp/~ben/rpg/index.shtml)」である。
このサイトには、『VAMPIRE: The Masquerade ワールド・オブ・ダークネス解説』というコンテンツがあった。そう、今ではアトリエサードで翻訳され、書苑新社から出版されている『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』及び姉妹作の紹介だったのだ。

この文章を少し読んだ途端、『ブラックロッド』のことが思い出された。わたしは夢中で紹介文を読んだ。「やりたい!」そう思った。

このコンテンツを見つけるに前後して、RPG研究会の先輩から「今度、数年振りに翻訳RPGが出るらしい」ということを聞いていたわたしは、もしかしてと思い、その先輩に確認、翻訳されるのが『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』であることを知ったのである。
それからはもう、毎日が落ち着かない。ずっと前に買って読み掛けだったナンシー・A・コリンズ『ミッドナイト・ブルー』も読み切ってしまったし、近くのホビーショップに置いてあった『GURPS VAMPIRE COMPANION』も、買って訳し始めてしまった。

……まるで遠足前の小学生である。

(余談だが、『ミッドナイト・ブルー』シリーズの翻訳四冊目『ブラック・ローズ』は、同シリーズと『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』のクロスオーバー小説である。『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』的な陰謀に『ミッドナイト・ブルー』の主人公が立ち向かうのだ)

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『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』が翻訳されて二年と半年、この間に数十種類のRPGを経験したし、幾つかのゲームマスターもやってみた。『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』よりも出来がいいと思えるシステムにも出会った。

然し、未だにワールド・オブ・ダークネス関連商品の購入は続いているし、わたしはストーリーテラーである。

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