「あ、姐さん! こっちこっち」

 

そう私を呼ぶのはミアだ。フューリーのガリアルドね。この前の狂乱の話が、なんとなく途中になったので、待ち合わせをしたのだ。ミアのいる、ソファの席に近づくと、彼女はわざわざ立ちあがってハグをして、しれっと私の右手を絡め取り、私を隣に座らせた。あの、手がつながったままなんですが、それは……

 

「狂乱の話の続き、教えて?」

深く考える間を与えずに、話をしよう! という体勢のようだ。……あの、ウェイトレスを呼び止めて注文するのすら、気恥ずかしいんだけれど……まあ、いいか。

「う、うん、わかった。まずは、PCが狂乱している最中の、STCやモブの扱いについて、指針を話すわね。この前はPCの心配だけだったから」

「うん」

「とりあえず、できるだけ死なせないようにすること」

「それ、PCの時も聞いたような……」

「ええ、まあね。でも、PCとは違う理由があるの。STCやモブの場合は、狂乱後の後味の問題ね。死人が出ていると、狂乱のシーンが終わった後の後味が悪い……はず。普通なら」

「あー、それはわかるよ。キンフォークの子が、ミステリー小説で、偶然の目撃者が、巻き添えで死んだ時みたいな感じって言ってた。……『私達』にとってはそんな程度じゃ済まないけど」

「そうね……とにかく、無駄に死なせるべきではないってこと」

「死なないようにするのかぁ……一般人なら、デリリウムでじっとしててもらって、キンフォークなら、対策を心得てるだろうから隠れて、ガルゥなら……別に一方的に死なないからいっかぁ、って感じでいい?」

「そうね。……理由もなく、わざわざ攻撃するプレイヤーがいなければね」

「あ……どうするの、そんな困ったヤツは」

「後味をわるーくしてやる。あと、名声にペナルティもいいね。高潔プールをごっそり取っちゃえ。上げにくいから」

「後味を悪く、ってどうやるの?」

「……問題です。人質に取られた時、撃たれないためにするべきことは?」

「えぇ!? いきなり?」

「誘拐はいきなりなものなのです」

「でも、それは知ってる、名前を言うんだ。学校で習ったよ」

「正解。理由は?」

「え……知らない……」

「そう? じゃあ、第2問。しばしば人殺しが、殺す前後に、被害者の顔を隠すのは何故?」

「あー……人だと思うとキツイから?」

「Blava! 人質の話も同じ理由よ」

「そっか。人質Aから、ミアになれば、物から人になって、撃ちにくくなるんだ」

「そうそう」

「……つまり、無駄に殺されたキャラに、名前をつければいいってこと?」

「そうそうそう。泣きながら故人を呼ぶ人……まで出しちゃうと、他のプレイヤーまで陰鬱としてくるから、警察無線から名前が聞こえてくる、とか、新聞に名前が載る、位がいいと思うわ」

「はぁ、ナルホドぉ」

「逆に、避けようがなかった惨事の時は、名前をつけちゃ駄目よ」

「無駄にプレイヤーを凹ませるからだね。わかった」

 

ウェイトレスが、カフェサンブーカを運んできた。チップを出すために、ミアの手を離すと、むー、とか言っている。いや、どうしろと……。そんな私達を見て、ウェイトレスはくすっと笑って去って行った。

……さて、これは脱線だけれど、使えるからいいだろう。ついでに話してしまおうか。

「STCに名前をつけるかどうかは、物語の演出上も意味があるわ。物語のスパイスとして、人が死んだという衝撃を与えたい時には、名前のないキャラクターの死の情景を、丁寧に描写する。

影界から、その部屋を覗くと……モノクロのはずの視界が、赤く染まっているような錯覚を覚えた。理由は簡単。ルーパスでなくて良かった、と思わされる程の、鼻につく血の臭い。ソファには、長い髪を結い上げた女が座っている。座っている、とは言っても、その女が2度と立ち上がらないことは、赤く染まったソファと、女の生白い肌を見れば、明らかだった。

陰鬱さを出したい時には、名前のあるキャラクターの死を告げる。情景の描写は抑え目か、ほどほどにね」

影界から、その部屋を覗くと……ソファに据わっている女と目が合って、どきりとした。かつて白かったソファは、何かの色に染まっている。恐らくは赤だろうと、君の鼻が告げている。かつて、セレステと呼ばれた女は、まばたきもせず、いつまでも君をみつめていた。

「死なないで! 姐さん!」

と、芝居がかって言いながら、しれっと抱きついてくるミア。可愛いなぁ。別に期待していたわけじゃない。予期はしていたけれど。

「死ぬ気はないけれど。ね、けっこう違うでしょ」

「うん、違う」

「……でも、なんかだいぶ脱線したわね。話を戻そうか」

 

私はそう言って、狂乱の話に戻ることにした。……そういえばこの子は、いつの間にまた、私の手を取ったのだろう。ま、いいか。

「それじゃ、狂乱後の後始末の話をするわね。まず、狂乱の騒ぎが収拾したら、休憩して仕切りなおした方がいいわ」

「あー、方針決めてやらないとぐだぐだになるもんね」

「それに、プレイヤーの側も休ませてあげた方がいいし、ね。狂乱中は、PC間の関係とか、どうやったら生き残れるかとか、考えることがたくさんあって、負担が大きいから。さて、それじゃ、狂乱後にありそうな状況を考えようか」

PCがパワーダウン

  • PCが怪我をした。
  • PCがハラノになった、狼を失った。

シナリオの危機

  • 隠密作戦が露見した。
  • 重要STCが死んだ。
  • 重要な物品が壊れた。

第三者の介入

  • 目撃者等がいてベールが脅かされている。
  • 警察などが動き出して迂闊に動けなくなった。

と、この辺りかな」

「あー、どれもありそう……」

「まず、PCがパワーダウンした場合ね」

「怪我くらいなら、簡単そうだね」

「そうね。再生不能以外なら、変身して数分放置すれば治る。再生不能の場合は、変身したまま安静にすれば、1日1段階治癒する(訳注:日本語版P210)。〔聖母の手〕をかけて貰う。PCが出来なければ、STCへのチミナージが要るわね」

「そーいえば、姐さん、こんなの知ってる?」

ミアはそう言うと、胸ポケットから何かを取り出した。霊的な何かを感じる。霊符だろうか?

「初めて見たわ。霊符?」

「そう! 新しく開発されたやつだってさ。爪でも牙でも、銀でも治るよ」

20th anniversary edition(未訳)より引用

Gaia’s Breath ガイアの息吹 (霊力5)

Gaia’s Breathは小さな瓢箪形の霊符である。この小さな瓢箪を砕いて、開いたままの傷に振り掛けると、4段階までの負傷段階が回復する。再生不能ダメージも治癒することが可能である。ガイアの息吹を作るには、象形文字で装飾した瓢箪に、治癒の精霊を封印する。
(訳注:この霊符はとても強力なので、供給量を絞ることを強く推奨する)

「2つあるから、1つ姐さんにあげる」

「えぇ!? でも、珍しい物でしょう?」

「いいの」

彼女は、それ以上何も言わなかったけれど、彼女の目を見たら、貰わないといけない気になってくるから不思議だ。

「……わかったわ、ありがとう」

「うん!」

彼女は嬉しそうに笑った。可愛い。

 

「それじゃ、次は……ハラノとか、狼を失った時は?」

「その場合は、プレイヤーがPCを動かすことに消極的になるから、少し大変かな。立ち直るための描写をしないといけないから、どういうのが好きか、プレイヤーと相談が必要かも」

「どんな相談?」

「PCが、それを克服するためのギミックとして、プレイヤーは何が必要だと考えているか、がわかればいい。他のPCに体験を語って聞かせる場なのか、自棄になって酔い潰れて恋人のキンフォークに平手打ちされるのか、祖霊に喝入れられるのか、誰かが窮地に陥ったのを助けるのか、ひたすら修行に打ち込むのか。そういう、そのPCが立ち直るシーンに必要なギミックを、STが用意するのね」

「ナルホド、『私達』だって、うだうだしてるもんね、狂乱明け」

「そうね……でも、フィクションなら、そこを描くのも面白いじゃない? せっかく狂乱したんだし」

「そうかも。でもさ、プレイヤーにプランがなかったら?」

「じゃ、使えそうな汎用例を……。シナリオの流れが緩やかなあたりなら、PC達にじゃれて貰って、頃合いを見て回復させる感じ。PC達が効果的な行動を思いつかなかったら、凹んでいるPCに、危機感を煽るような夢を見せる。そのPC抜きで、敵に挑んだパック仲間が殺されるシーンとか、そういう露骨なのでいいと思う」

「それ以外の、流れが急な所だったら?」

「クリアにゲーム内時間でタイムリミットを切って、押すのがいいかな。もしくは、狂乱したPCがうだうだしているシーンと、他のPC達が物語を進めるシーンを交互にやって、他のPC達がピンチになって……」

「ここにジョンがいてくれたら……!」

「そう、それね。そのジョン君が夢を見て飛び起きて駆けつける、みたいな感じ」

「漫画っぽいかっこよさだね」

「あ、押したキャラは絶対殺さないように気をつけてね」

「押されて死ぬんじゃ、プレイヤーが腐っちゃうもんね」

 

「次は、シナリオの危機ね」

「困るよねぇ」

「いや、別に……」

「ええええ!? なんで?」

「大抵は、都合のいい偶然が落ちていれば、帳消しにできるじゃない」

「都合のいい偶然?」

「まず、隠密作戦が露見した場合を考えようか。大暴れしちゃって、バレたら、悪いヤツはどうする?」

「アジトを引き払って逃げる?」

「うん。公平に見れば、逃げられたから任務失敗で、名声減らされて終わり、になるんだけれども、誰も、そんな不都合な現実を見るためにゲームをしてるわけじゃないわよね」

「まあ、そりゃ……そーかも?」

「都合のいい結末のためには、何が足りない?」

「悪いヤツの行き先?」

「正解」

「それを都合良く、誰かが知ってればいいってこと?」

「そう。警官の協力者から、逃げた先の防犯カメラの映像が貰える、とか。悪いヤツが検問に引っかかって、警官を殺して徒歩で逃げたから、その近くにいるはずだ、とか。地元のシャドウロードのマフィアの人が行き先を知ってて、情報が買えたりする、とか」

「なんて都合の良さ……」

「逃げずに、アジトの防備を増強した場合でも、味方の増援が来ればいい。グラスウォーカーが抱える、キンフォークの私兵部隊、とか。ま、苦労するのは『現実』だけでいいってことね」

「それは賛成ー」

「重要STCが死んだ時も同じね。重要STCが語るはずだった情報が……」

「USBメモリが出てきたり、知り合いが断片的に聞いてたりするんだ!」

「そうね。それでも困ったら、コネや協力者から代わりの情報が得られたりすればいいわね」

「これは、なんか想像ついたよ」

「よかった。次……物が壊れた時は、割と困るけれど……調達するか、作るか……悪党との取引に使う物なら、似た物を持って来て騙すか、そんな所ね」

「騙すって?」

「うーん……スパイ映画とかにある、偽物を渡して、確認しようと意識が向いた瞬間に殴りかかる、みたいなシーン」

「それって、プレイヤー達は思いつくのかな?」

「導師とかが提案しちゃえばいいのよ」

「あ、そうか」

 

「さて、次は、第三者の介入について、ね」

「なんか面倒くさそうなんだけど……」

「テキトーでいいのよ、スパイスだから」

「どういうこと?」

「本編には関係なくって、言ってみれば、狂乱っていうものを演出するための一助なわけでしょう?」

「うん」

「狂乱したせいで面倒だなぁ、ってPCが思うような仕掛けをして、後は忘れればいい」

「具体的には……」

「例えば、警察が地上をうろうろしていて、対象の建物に近づけない。ガントレット強度が高すぎて、影界から入るのも難しい、と思って考え込んでいたら、ボーンノーアのクリアスとかが話し掛けてくるわけ。やってみせようか」

「うんうん」

彼女は、目を輝かせて頷くと、姿勢を正して座りなおした。あれ? そういえば、いつ手を離したんだっけ……。ま、いっか。

裏路地で、殆ど酔い潰れた女の子を、無理矢理車に押し込もうとしている男達を見た瞬間、ミアは怒り狂い、飛び出していた。仲間達のおかげで、死人こそ出ずに騒動は収まったものの、そこかしこに、警察がうろうろしている。当初の目的だったビルに、我々のように目立つ者が近づくのは骨だろう。街の真ん中にある、ワームの下僕達の本拠のすぐ近くで、界渡りをする度胸は、君のパックの、人腹のシーアージには無いようだ。途方に暮れていると、20代半ばの、小汚い男が近づいてくる。どこかで見た事があるような気がする。

「お、騒いでた人達はっけーん。やあ! ミア? って言ったっけ? もう癇癪は収まったのかい?」

「む……うっさいな! あれを見て、助けないわけにいかないじゃんか!」

「おぉう、おっかないおっかない。別に、責めちゃいないよ。ただの挨拶じゃんかぁ」

「茶化してないで、用がないなら、あっちに行ってよ。忙しいんだからさ!」

「知ってる。俺達はいつだって忙しいよな。しかも、姉ちゃん達みたいな、寄せ集めっぽい人達は、大抵、ガイア様のために、何かと、急いでるよな」

「……何が言いたいの?」

「急いで、何処に行きたいのさ? ガイア様のために協力しあおう」

「なんとかーってビルだけど」

「……へぇ。それなら、表通りを通らなくたって行けるよ、ついてるね」

そこまで言うと、彼は、手のひらを上に向けて差し出した。

「何?」

「協力しあおう、って言ったろ? 俺は姉ちゃん達を助けるから、姉ちゃんは、アレックスが大好きな、俺の兄弟を助けてくれりゃいいよ」

「むー! と言って、10ドル札を渡す」

「ケチケチ値切らない辺り、フューリーの姉ちゃんはかっこいいよな! じゃあついて来なよ」

彼は、おもむろにマンホールを開けて、下に降り始める。

「う……やっぱり、と思いながらついて行く」

「心配しなくても、下水には浸からないと……思ったけど、ハハハ、晴れてたらよかったのにね。ま、転んでも溺れたりはしないよ、浅いから」

というわけで、<敏捷>+<運動>で判定してね。失敗したら、ダイブ。

「うわあ……もー! 狂乱なんてするんじゃなかった……」

「……っていう事」

「困ってないけど、ろくでもない目に遭ったよ……でも、死にそうな目に遭うとかじゃないんだね。落とし所ってやつ?」

「そうそう。致命的だと、物語が綺麗に終わらないから、フラストレーションが溜まるし」

「実害があんまりない程度がいいのかぁ」

「そうね。あんまり実害が酷いと、プレイヤーは狂乱に消極的になるから」

「もう1個の、目撃者等がいてベールが脅かされている、っていうのは?」

「動画とか写真撮られてアップされたとか……デリリウムにならなかった人につけまわされるとか……」

「うわあ、めんどくさい……」

「ちゃんと対処すると時間がかかるから、後回し……というか、同じメンバーでセッションするなら、次回以降のシナリオのネタにすればいいと思う」

「例えば?」

「パターンスパイダー捕まえてきて、改造して、ネットに流して、その動画が、検索でヒットしないようにする、とか。デリリウムにならなかった人は……その後も何かとPC達をつけまわすキャラになって、嫌な賑やかしとして、定期的に出て来る、とか」

「考えただけで頭痛いよ、それ」

「ま、だいたいこんな所かな? 本当にひっどい目には、できるだけ遭わせないのがコツね。……そういうのが好きだっていう人も、中にはいるから、趣向は訊いといてもいいかもしれないわ」

「フランクさんとか、そういうの好きそう」

「いい勘してるわね」

 

「方針としては、なんか優しく対処すればいいってことなのかな?」

「そうね、狂乱って濃密な体験だから、後始末まであんまり濃密にすると、胸焼けするし……ただ、PCが立ち直る過程については、プレイヤーと相談しよう。濃いのが好きな人はきっといるから」

「うん、わかった。ありがとう、姐さん」

彼女の笑顔は本当に可愛い。つられて、自然と笑顔になってしまう。

 

無事、狂乱の話も終わったので、またしても、カフェサンブーカとカフェラテを頼んでみる。

程なく、マスターが、エスプレッソマシーンを操作し始める。

「あのマシーン、姐さんが買ったって本当?」と、ミアが私に訊いた。

「それは、99%は嘘。あんな何千ドルもするの、買えないわよ……」

「何千ドル!? うわぁ……って、1%は本当なの?」

「私が買って来たのはマキネッタね。それで、マスターにコーヒーを作って貰ってたの、ドリップって慣れなくてね。そうしたら、ある日、突然、あのマシーンがやってきた、というわけ。お前がいれば、元が取れそうだからな、ハッハッハ! だってさ」

「流石、この店自体が道楽って噂のマスター……ところで、マキネッタって何?」

「んー、火にかけてコーヒーを作る道具ね。見たことないかな? 三段になってて、こうこうこういう……」

「見た事は、あるかも?」

「ふむ、じゃ、今度うちでやって見せてあげるわ」

「……」

私の言葉を聞いたミアは、3回、何かを言いかけて、やめた。ん? 私、なんか変なこと言った? 自問自答しながら、頼んだ物をウェイトレスから受け取り、口をつける。ミアは固まったままだ。

「ミア? どうしたの?」

「……それは、あたしのために、姐さんが、コーヒーを、入れてくれる、ってこと?」

「ん? そうだけど?」

と、答えたものの、何故そんなに力を込めて訊くのだろう。私がきょとんとしていると、彼女は僅かに微笑んで、「楽しみにしてる」と呟き、カフェオレに口をつけた。

楽しみというミアの言葉の、寂しそうな響きが、いつまでも耳に残っていた。