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「あ、姐さん! こっちこっち」

 

そう私を呼ぶのはミアだ。フューリーのガリアルドね。この前の狂乱の話が、なんとなく途中になったので、待ち合わせをしたのだ。ミアのいる、ソファの席に近づくと、彼女はわざわざ立ちあがってハグをして、しれっと私の右手を絡め取り、私を隣に座らせた。あの、手がつながったままなんですが、それは……

 

「狂乱の話の続き、教えて?」

深く考える間を与えずに、話をしよう! という体勢のようだ。……あの、ウェイトレスを呼び止めて注文するのすら、気恥ずかしいんだけれど……まあ、いいか。

「う、うん、わかった。まずは、PCが狂乱している最中の、STCやモブの扱いについて、指針を話すわね。この前はPCの心配だけだったから」

「うん」

「とりあえず、できるだけ死なせないようにすること」

「それ、PCの時も聞いたような……」

「ええ、まあね。でも、PCとは違う理由があるの。STCやモブの場合は、狂乱後の後味の問題ね。死人が出ていると、狂乱のシーンが終わった後の後味が悪い……はず。普通なら」

「あー、それはわかるよ。キンフォークの子が、ミステリー小説で、偶然の目撃者が、巻き添えで死んだ時みたいな感じって言ってた。……『私達』にとってはそんな程度じゃ済まないけど」

「そうね……とにかく、無駄に死なせるべきではないってこと」

「死なないようにするのかぁ……一般人なら、デリリウムでじっとしててもらって、キンフォークなら、対策を心得てるだろうから隠れて、ガルゥなら……別に一方的に死なないからいっかぁ、って感じでいい?」

「そうね。……理由もなく、わざわざ攻撃するプレイヤーがいなければね」

「あ……どうするの、そんな困ったヤツは」

「後味をわるーくしてやる。あと、名声にペナルティもいいね。高潔プールをごっそり取っちゃえ。上げにくいから」

「後味を悪く、ってどうやるの?」

「……問題です。人質に取られた時、撃たれないためにするべきことは?」

「えぇ!? いきなり?」

「誘拐はいきなりなものなのです」

「でも、それは知ってる、名前を言うんだ。学校で習ったよ」

「正解。理由は?」

「え……知らない……」

「そう? じゃあ、第2問。しばしば人殺しが、殺す前後に、被害者の顔を隠すのは何故?」

「あー……人だと思うとキツイから?」

「Blava! 人質の話も同じ理由よ」

「そっか。人質Aから、ミアになれば、物から人になって、撃ちにくくなるんだ」

「そうそう」

「……つまり、無駄に殺されたキャラに、名前をつければいいってこと?」

「そうそうそう。泣きながら故人を呼ぶ人……まで出しちゃうと、他のプレイヤーまで陰鬱としてくるから、警察無線から名前が聞こえてくる、とか、新聞に名前が載る、位がいいと思うわ」

「はぁ、ナルホドぉ」

「逆に、避けようがなかった惨事の時は、名前をつけちゃ駄目よ」

「無駄にプレイヤーを凹ませるからだね。わかった」

 

ウェイトレスが、カフェサンブーカを運んできた。チップを出すために、ミアの手を離すと、むー、とか言っている。いや、どうしろと……。そんな私達を見て、ウェイトレスはくすっと笑って去って行った。

……さて、これは脱線だけれど、使えるからいいだろう。ついでに話してしまおうか。

「STCに名前をつけるかどうかは、物語の演出上も意味があるわ。物語のスパイスとして、人が死んだという衝撃を与えたい時には、名前のないキャラクターの死の情景を、丁寧に描写する。

影界から、その部屋を覗くと……モノクロのはずの視界が、赤く染まっているような錯覚を覚えた。理由は簡単。ルーパスでなくて良かった、と思わされる程の、鼻につく血の臭い。ソファには、長い髪を結い上げた女が座っている。座っている、とは言っても、その女が2度と立ち上がらないことは、赤く染まったソファと、女の生白い肌を見れば、明らかだった。

陰鬱さを出したい時には、名前のあるキャラクターの死を告げる。情景の描写は抑え目か、ほどほどにね」

影界から、その部屋を覗くと……ソファに据わっている女と目が合って、どきりとした。かつて白かったソファは、何かの色に染まっている。恐らくは赤だろうと、君の鼻が告げている。かつて、セレステと呼ばれた女は、まばたきもせず、いつまでも君をみつめていた。

「死なないで! 姐さん!」

と、芝居がかって言いながら、しれっと抱きついてくるミア。可愛いなぁ。別に期待していたわけじゃない。予期はしていたけれど。

「死ぬ気はないけれど。ね、けっこう違うでしょ」

「うん、違う」

「……でも、なんかだいぶ脱線したわね。話を戻そうか」

 

私はそう言って、狂乱の話に戻ることにした。……そういえばこの子は、いつの間にまた、私の手を取ったのだろう。ま、いいか。

「それじゃ、狂乱後の後始末の話をするわね。まず、狂乱の騒ぎが収拾したら、休憩して仕切りなおした方がいいわ」

「あー、方針決めてやらないとぐだぐだになるもんね」

「それに、プレイヤーの側も休ませてあげた方がいいし、ね。狂乱中は、PC間の関係とか、どうやったら生き残れるかとか、考えることがたくさんあって、負担が大きいから。さて、それじゃ、狂乱後にありそうな状況を考えようか」

PCがパワーダウン

  • PCが怪我をした。
  • PCがハラノになった、狼を失った。

シナリオの危機

  • 隠密作戦が露見した。
  • 重要STCが死んだ。
  • 重要な物品が壊れた。

第三者の介入

  • 目撃者等がいてベールが脅かされている。
  • 警察などが動き出して迂闊に動けなくなった。

と、この辺りかな」

「あー、どれもありそう……」

「まず、PCがパワーダウンした場合ね」

「怪我くらいなら、簡単そうだね」

「そうね。再生不能以外なら、変身して数分放置すれば治る。再生不能の場合は、変身したまま安静にすれば、1日1段階治癒する(訳注:日本語版P210)。〔聖母の手〕をかけて貰う。PCが出来なければ、STCへのチミナージが要るわね」

「そーいえば、姐さん、こんなの知ってる?」

ミアはそう言うと、胸ポケットから何かを取り出した。霊的な何かを感じる。霊符だろうか?

「初めて見たわ。霊符?」

「そう! 新しく開発されたやつだってさ。爪でも牙でも、銀でも治るよ」

20th anniversary edition(未訳)より引用

Gaia’s Breath ガイアの息吹 (霊力5)

Gaia’s Breathは小さな瓢箪形の霊符である。この小さな瓢箪を砕いて、開いたままの傷に振り掛けると、4段階までの負傷段階が回復する。再生不能ダメージも治癒することが可能である。ガイアの息吹を作るには、象形文字で装飾した瓢箪に、治癒の精霊を封印する。
(訳注:この霊符はとても強力なので、供給量を絞ることを強く推奨する)

「2つあるから、1つ姐さんにあげる」

「えぇ!? でも、珍しい物でしょう?」

「いいの」

彼女は、それ以上何も言わなかったけれど、彼女の目を見たら、貰わないといけない気になってくるから不思議だ。

「……わかったわ、ありがとう」

「うん!」

彼女は嬉しそうに笑った。可愛い。

 

「それじゃ、次は……ハラノとか、狼を失った時は?」

「その場合は、プレイヤーがPCを動かすことに消極的になるから、少し大変かな。立ち直るための描写をしないといけないから、どういうのが好きか、プレイヤーと相談が必要かも」

「どんな相談?」

「PCが、それを克服するためのギミックとして、プレイヤーは何が必要だと考えているか、がわかればいい。他のPCに体験を語って聞かせる場なのか、自棄になって酔い潰れて恋人のキンフォークに平手打ちされるのか、祖霊に喝入れられるのか、誰かが窮地に陥ったのを助けるのか、ひたすら修行に打ち込むのか。そういう、そのPCが立ち直るシーンに必要なギミックを、STが用意するのね」

「ナルホド、『私達』だって、うだうだしてるもんね、狂乱明け」

「そうね……でも、フィクションなら、そこを描くのも面白いじゃない? せっかく狂乱したんだし」

「そうかも。でもさ、プレイヤーにプランがなかったら?」

「じゃ、使えそうな汎用例を……。シナリオの流れが緩やかなあたりなら、PC達にじゃれて貰って、頃合いを見て回復させる感じ。PC達が効果的な行動を思いつかなかったら、凹んでいるPCに、危機感を煽るような夢を見せる。そのPC抜きで、敵に挑んだパック仲間が殺されるシーンとか、そういう露骨なのでいいと思う」

「それ以外の、流れが急な所だったら?」

「クリアにゲーム内時間でタイムリミットを切って、押すのがいいかな。もしくは、狂乱したPCがうだうだしているシーンと、他のPC達が物語を進めるシーンを交互にやって、他のPC達がピンチになって……」

「ここにジョンがいてくれたら……!」

「そう、それね。そのジョン君が夢を見て飛び起きて駆けつける、みたいな感じ」

「漫画っぽいかっこよさだね」

「あ、押したキャラは絶対殺さないように気をつけてね」

「押されて死ぬんじゃ、プレイヤーが腐っちゃうもんね」

 

「次は、シナリオの危機ね」

「困るよねぇ」

「いや、別に……」

「ええええ!? なんで?」

「大抵は、都合のいい偶然が落ちていれば、帳消しにできるじゃない」

「都合のいい偶然?」

「まず、隠密作戦が露見した場合を考えようか。大暴れしちゃって、バレたら、悪いヤツはどうする?」

「アジトを引き払って逃げる?」

「うん。公平に見れば、逃げられたから任務失敗で、名声減らされて終わり、になるんだけれども、誰も、そんな不都合な現実を見るためにゲームをしてるわけじゃないわよね」

「まあ、そりゃ……そーかも?」

「都合のいい結末のためには、何が足りない?」

「悪いヤツの行き先?」

「正解」

「それを都合良く、誰かが知ってればいいってこと?」

「そう。警官の協力者から、逃げた先の防犯カメラの映像が貰える、とか。悪いヤツが検問に引っかかって、警官を殺して徒歩で逃げたから、その近くにいるはずだ、とか。地元のシャドウロードのマフィアの人が行き先を知ってて、情報が買えたりする、とか」

「なんて都合の良さ……」

「逃げずに、アジトの防備を増強した場合でも、味方の増援が来ればいい。グラスウォーカーが抱える、キンフォークの私兵部隊、とか。ま、苦労するのは『現実』だけでいいってことね」

「それは賛成ー」

「重要STCが死んだ時も同じね。重要STCが語るはずだった情報が……」

「USBメモリが出てきたり、知り合いが断片的に聞いてたりするんだ!」

「そうね。それでも困ったら、コネや協力者から代わりの情報が得られたりすればいいわね」

「これは、なんか想像ついたよ」

「よかった。次……物が壊れた時は、割と困るけれど……調達するか、作るか……悪党との取引に使う物なら、似た物を持って来て騙すか、そんな所ね」

「騙すって?」

「うーん……スパイ映画とかにある、偽物を渡して、確認しようと意識が向いた瞬間に殴りかかる、みたいなシーン」

「それって、プレイヤー達は思いつくのかな?」

「導師とかが提案しちゃえばいいのよ」

「あ、そうか」

 

「さて、次は、第三者の介入について、ね」

「なんか面倒くさそうなんだけど……」

「テキトーでいいのよ、スパイスだから」

「どういうこと?」

「本編には関係なくって、言ってみれば、狂乱っていうものを演出するための一助なわけでしょう?」

「うん」

「狂乱したせいで面倒だなぁ、ってPCが思うような仕掛けをして、後は忘れればいい」

「具体的には……」

「例えば、警察が地上をうろうろしていて、対象の建物に近づけない。ガントレット強度が高すぎて、影界から入るのも難しい、と思って考え込んでいたら、ボーンノーアのクリアスとかが話し掛けてくるわけ。やってみせようか」

「うんうん」

彼女は、目を輝かせて頷くと、姿勢を正して座りなおした。あれ? そういえば、いつ手を離したんだっけ……。ま、いっか。

裏路地で、殆ど酔い潰れた女の子を、無理矢理車に押し込もうとしている男達を見た瞬間、ミアは怒り狂い、飛び出していた。仲間達のおかげで、死人こそ出ずに騒動は収まったものの、そこかしこに、警察がうろうろしている。当初の目的だったビルに、我々のように目立つ者が近づくのは骨だろう。街の真ん中にある、ワームの下僕達の本拠のすぐ近くで、界渡りをする度胸は、君のパックの、人腹のシーアージには無いようだ。途方に暮れていると、20代半ばの、小汚い男が近づいてくる。どこかで見た事があるような気がする。

「お、騒いでた人達はっけーん。やあ! ミア? って言ったっけ? もう癇癪は収まったのかい?」

「む……うっさいな! あれを見て、助けないわけにいかないじゃんか!」

「おぉう、おっかないおっかない。別に、責めちゃいないよ。ただの挨拶じゃんかぁ」

「茶化してないで、用がないなら、あっちに行ってよ。忙しいんだからさ!」

「知ってる。俺達はいつだって忙しいよな。しかも、姉ちゃん達みたいな、寄せ集めっぽい人達は、大抵、ガイア様のために、何かと、急いでるよな」

「……何が言いたいの?」

「急いで、何処に行きたいのさ? ガイア様のために協力しあおう」

「なんとかーってビルだけど」

「……へぇ。それなら、表通りを通らなくたって行けるよ、ついてるね」

そこまで言うと、彼は、手のひらを上に向けて差し出した。

「何?」

「協力しあおう、って言ったろ? 俺は姉ちゃん達を助けるから、姉ちゃんは、アレックスが大好きな、俺の兄弟を助けてくれりゃいいよ」

「むー! と言って、10ドル札を渡す」

「ケチケチ値切らない辺り、フューリーの姉ちゃんはかっこいいよな! じゃあついて来なよ」

彼は、おもむろにマンホールを開けて、下に降り始める。

「う……やっぱり、と思いながらついて行く」

「心配しなくても、下水には浸からないと……思ったけど、ハハハ、晴れてたらよかったのにね。ま、転んでも溺れたりはしないよ、浅いから」

というわけで、<敏捷>+<運動>で判定してね。失敗したら、ダイブ。

「うわあ……もー! 狂乱なんてするんじゃなかった……」

「……っていう事」

「困ってないけど、ろくでもない目に遭ったよ……でも、死にそうな目に遭うとかじゃないんだね。落とし所ってやつ?」

「そうそう。致命的だと、物語が綺麗に終わらないから、フラストレーションが溜まるし」

「実害があんまりない程度がいいのかぁ」

「そうね。あんまり実害が酷いと、プレイヤーは狂乱に消極的になるから」

「もう1個の、目撃者等がいてベールが脅かされている、っていうのは?」

「動画とか写真撮られてアップされたとか……デリリウムにならなかった人につけまわされるとか……」

「うわあ、めんどくさい……」

「ちゃんと対処すると時間がかかるから、後回し……というか、同じメンバーでセッションするなら、次回以降のシナリオのネタにすればいいと思う」

「例えば?」

「パターンスパイダー捕まえてきて、改造して、ネットに流して、その動画が、検索でヒットしないようにする、とか。デリリウムにならなかった人は……その後も何かとPC達をつけまわすキャラになって、嫌な賑やかしとして、定期的に出て来る、とか」

「考えただけで頭痛いよ、それ」

「ま、だいたいこんな所かな? 本当にひっどい目には、できるだけ遭わせないのがコツね。……そういうのが好きだっていう人も、中にはいるから、趣向は訊いといてもいいかもしれないわ」

「フランクさんとか、そういうの好きそう」

「いい勘してるわね」

 

「方針としては、なんか優しく対処すればいいってことなのかな?」

「そうね、狂乱って濃密な体験だから、後始末まであんまり濃密にすると、胸焼けするし……ただ、PCが立ち直る過程については、プレイヤーと相談しよう。濃いのが好きな人はきっといるから」

「うん、わかった。ありがとう、姐さん」

彼女の笑顔は本当に可愛い。つられて、自然と笑顔になってしまう。

 

無事、狂乱の話も終わったので、またしても、カフェサンブーカとカフェラテを頼んでみる。

程なく、マスターが、エスプレッソマシーンを操作し始める。

「あのマシーン、姐さんが買ったって本当?」と、ミアが私に訊いた。

「それは、99%は嘘。あんな何千ドルもするの、買えないわよ……」

「何千ドル!? うわぁ……って、1%は本当なの?」

「私が買って来たのはマキネッタね。それで、マスターにコーヒーを作って貰ってたの、ドリップって慣れなくてね。そうしたら、ある日、突然、あのマシーンがやってきた、というわけ。お前がいれば、元が取れそうだからな、ハッハッハ! だってさ」

「流石、この店自体が道楽って噂のマスター……ところで、マキネッタって何?」

「んー、火にかけてコーヒーを作る道具ね。見たことないかな? 三段になってて、こうこうこういう……」

「見た事は、あるかも?」

「ふむ、じゃ、今度うちでやって見せてあげるわ」

「……」

私の言葉を聞いたミアは、3回、何かを言いかけて、やめた。ん? 私、なんか変なこと言った? 自問自答しながら、頼んだ物をウェイトレスから受け取り、口をつける。ミアは固まったままだ。

「ミア? どうしたの?」

「……それは、あたしのために、姐さんが、コーヒーを、入れてくれる、ってこと?」

「ん? そうだけど?」

と、答えたものの、何故そんなに力を込めて訊くのだろう。私がきょとんとしていると、彼女は僅かに微笑んで、「楽しみにしてる」と呟き、カフェオレに口をつけた。

楽しみというミアの言葉の、寂しそうな響きが、いつまでも耳に残っていた。

「姐さーん? 姐さんってばー」

「ん? ああ、ごめん。……狂乱されたら、か。ゲームの話よね」

 

私を姐さんと呼ぶのは、ブラックフューリーのガリアルド、ミア。ブロンドの似合う美少女だ。彼女は、私がSniDAに入るやいなや、さも当然のように、胸に飛び込んで来て、挨拶もそこそこに、狂乱について訊いて来たのだった。

 

「ゲームの話だよー。『マジ』ならどうするか知ってるし。地面とキスさせればいいんだよね」

「だいたいあってるけど……誰が教えたの、それ」

「姐さんじゃん? 偉そうなファングのおっさん転がしてさ、ボッコボコにしてたよね!」

と、興奮した調子で話すミア。

「狂乱してても、殴れば気絶するし、殺さないで済むし……」

などと、言い訳がましく言ってみる。

私はエスプレッソを、ミアはココアを頼み、ソファの席に腰をかける。彼女は向かいのソファには荷物だけ置いて、わざわざ隣に座るのだった。へへへー、などと笑っている。やれやれ、という顔をして見せるけれど、正直な所、可愛い。……見透かされていないといいのだけれど。

……と、そんなことに気をとられているうちに、彼女は私の腕に手を当てて、思案顔をしているかと思えば、やおら口を開いた。

「……こんなほっそい腕で、どうやってるの? 実は強いってワケでもないだろうし」

「まあ、いいじゃない、それは」

私は、努めて冷静に、そう言った。

「むーぅ……わかった」

とりあえず引き下がってくれたようだ。よかった。恥ずかしい自分語りをしなくて済んだようだ。

 

「それで、狂乱されたら、どうしたらいいかな?」

「他のPCが、手早く対処すれば楽ではあるわね」

「姐さんみたいに? バックマウントで? グーパン連打?」

そんな、それが胸キュンなの! みたいなジェスチャーで、蒸し返されても、困る。

「……それ以上言うと、口を塞ぐわよ」

「唇で!?」

そんな期待に満ちた目で見つめられても、やっぱり困る。

 

……。

 

……。

 

にらみ合いのような緊張感に負けて、私がついと目を逸らすと、すかさず、彼女は、

「勝った!」と快哉を叫んだ。

そのタイミングで、エスプレッソとココアが運ばれて来た。気まずい……というか、気恥ずかしい……。チップを出す手がおぼつかない程に気恥ずかしい。と、思っているのは私だけのようで、ミアには、そんな素振りは全くない。

「……こほん、とりあえず、狂乱中に……」と、しれっと流して話し始めると、

「えー! 勝ったごほうびはー?」と不満そうな声が聞こえるけれど、多分気のせいだ。

「……狂乱中に起こりうることで、最もマズイのは、PCから死人が出ることね」

「……そうそれ! グーパンなら死なないのにね!」

まだ言うか……。こうなったら、相手にしたら負けである。

訳注:日本語版P211~212の記述を、注意深く読んで頂きたい。要約するとこうなる。

  • 打撃ダメージで行動不能になったら、気絶する(業怒による活動続行の可否には触れていない)。
  • 致死ダメージで行動不能になったら、気絶するが、代わりに業怒による活動続行を試すこともできる。気絶した場合に、さらにダメージを受けると死亡する。
  • 再生不能ダメージで行動不能になったら、業怒による活動続行に成功しないと死亡する。

※従って、基本的にガルゥは打撃ダメージでは死亡しないので、止める側はパンチでトドメを刺せばいい。

「ま、死ぬかもしれないのは、狂乱した側だけではないけれどね」

「あ、そっか。止めに入るのも命懸けだもんね」

「というよりむしろ、止めに入る側の方が危ないわ……とは言うものの、『現実』よりはよっぽど対処のしようがあるわね。……STがいるから」

「どういうこと?」

「ルナよりも、STのほうが優しいってこと。ま、とりあえず、ルールの確認をしましょうか」

狂乱に関するルール(抜粋) 日本語版P216より

  • <業怒>判定に4か5成功すると狂乱する。6成功するとワームに囚われる。
  • 狂乱には、狂戦士化と遁走がある。ワームに囚われた場合は、必ず狂戦士化する。
  • 狂乱は<意志力>1点で抑えることができるが、ワームに囚われた場合はそれができない。
  • 引き金となった出来事が終わった時点で、<意志力>判定に成功すると醒める。

狂戦士化の場合

  • クリノスかヒスポに変身する。
  • <霊力>原点が<業怒>原点より低い場合は、パック仲間を区別できない。
  • <意志力>1点を消費すれば、区別できる。行動ごとなのか、ラウンドごとなのかは不明。
    (状況に合わせて、そこにいる全てから)STが攻撃対象を選択する、と明記されている。
  • <霊力>原点が<業怒>原点以上の場合は、パック仲間とそれ以外を区別できる。
    誰が攻撃対象を決めるか明記されていない。とはいえ、プレイヤーが自由に決めることにすると、ただのパワーアップになってしまうので、なんらかの施策が必要かもしれない。

遁走の場合

  • ルーパスに変身する。
  • 逃走の邪魔になる物だけを攻撃する。

 

「……と、大体このあたりね」

「何らかの施策、って?」

「プレイヤーが自由に選ぶことにすると、戦闘に入ったらいきなり狂乱を狙うゲームになるでしょ? ……いや、撤退できないという問題はあるけれど」

「そうだね」

「でも、『世の中』そんなに巧く行かないじゃない」

彼女は何かを思い出し……苦笑いを浮かべた。

「というわけで、私としては、状況に左右される、という記述があるから、STが状況に合わせてターゲットをいくつかピックアップして、プレイヤーが一番納得した対象に攻撃する、という策を提案するわ」

「んー、ピンと来ないよ……」

「例えば、ミアは狂乱してもパック仲間の区別がつくとする。パック仲間のフランクが、ミアを狂乱させて逃げた。そして、パック外のディーターが、ミアを止めに入ったとする。それ以外にも敵がいて、敵Aがミアとフランクの間に位置していて、敵Bの流れ弾がミアに当たった。なんかあっちの方でセレステさんが敵Cと戦ってる」

「えーっと……イメージできた」

「ここで、STは、ミアが殴るべき対象を、理由をつけながら列挙する

  • 狂乱の元凶「フランク」
  • 「フランク」への攻撃を邪魔する「ディーター」
  • 「フランク」との間にいる敵A
  • 「ミア」に弾を当てた敵B

※セレステさんと敵Cは選択できない

……と、こんな感じに」

「その中でどれかを選ぶの?」

「そう」

「でもさ、パック仲間は攻撃しないんじゃない?」

「醒めるには、狂乱の引き金となった出来事が終わった時点で<意志力>判定、ということは、狂乱中も、狂乱の引き金が何か認識している、と考えられるので、私の中では、フランクを選択肢に入れるのが正しい……『実際』もそういうフシがあるし。ま、STの考え次第だから、入れなくてもいいと思うわ」

「ナルホド、それなら納得。じゃあ、せっかくだからフランクさんにする」

「何がせっかくだからなのかわからないけれど、そんな感じ。……もっとも、『見えるのは一面の赤と、その中で蠢くモノばかり』という記述を重視するなら、もっと単純にサイコロを振って決める方法もあるわ」

「その方が楽かも」

「でもリスクがあるの。狙われたら死にそうなPCを、STの意図で外すことができなくなる……いや、できなくはないけれど、不自然になる」

「スクリーンの中で振れば?」

「それは選択肢としては十分にあるし、実際上は自由に対象を選べるから楽ね。ただ、その場合は、毎回必ずスクリーンの中で振らないと、死にそうだから中で振ったな、と思われるね」

「うーん……どれもこれも一長一短なんだね」

「そうね。あとは、STとプレイヤーの思想次第ね。ただ、偶然の狂乱で、偶然にPCが死ぬような事態は、避けるべきだと思う。……って、これも思想か……。まいっか。その理由は、偶然ならPCが死んでも仕方ないと、STが考えていることがわかると、プレイヤーが狂乱してくれなくなるから」

「狂乱してくれなくなる?」

「私達の抱える『現実』と違って、ゲームの中では簡単に狂乱を抑え込める。プレイヤーにとっては、<意志力>プールに消しゴムをかけるだけだから。それでも狂乱してくれるということは、そのSTは信用されているってことなの」

「サイコロは、STみたいに信用できないから、STがサイコロ大好きだと、警戒されるってこと?」

「そうそう。その結果、プレイヤーは狂乱に消極的になり、<意志力>が1減るだけのつまんないイベントになってしまう。本当はそこが濃密で楽しいにも関わらず」

「確かに、『現実』よりは遥かに楽しいね。スリリングだし」

「偶然の狂乱で、1度でもPCを殺したら、2度と狂乱してくれないかも、くらいのつもりでやらないといけないわ。……真の熟練者だけを相手にSTするならいいけれど、そうでないなら、どんなに不自然だろうと、場合によっては黄金律を使ってでも、偶然の狂乱でPCを殺すべきではない……と、私は思う」(訳注:日本語版P199 黄金律 ルールはない)

「熱く語ってたのに、なんで最後だけトーンダウンするのー」

「最終的には、STとプレイヤーの好みが優先だから。サイコロ振って、八百長なしでやらないと気が済まない、というSTと、それを支持するプレイヤーがいたっていいと思うし」

「あ、なるほど」

「長くなったから、休憩しましょう」

「うん」

ウェイトレスを呼んで……あれ? ウェイターって言わないと怒られるんだっけ? cameriere/aと呼び分けるのが当然なイタリア語も話せる私には、何を必死に怒っているのかワケがわからない。そのくせ、レディファーストとか言ってるよね? 何考えてるんだろ? って、全然関係ないか。ま、とにかくカフェ・サンブーカとカフェラテを頼んだのだった。

「ねね、カフェ・サンブーカって何?」

「ニワトコとかアニスとか何とかで作ったイタリアンリキュールを、エスプレッソに入れた飲み物ね」

「なんかイタリア人っぽい」

「アメリカ人だけれどね。ま、母がイタリア人だし」

「イタリア語話せるの?」

「Parlo Italiano, e Hablo Español, y Ich spreche Deutsch, und … ニホンゴチョットデキル」

「なにそれ、超カッコイイ!」

「あら、そう? でも、使う機会があまり……南部に行けばスペイン語は使うけれど」

 

……閑話休題。殆ど説明し終えた感じもするけれど、仕上げが待っている。

「それじゃ、そろそろ再開するよ。以下の説明は、

  • STは、PCを殺したくない。
  • プレイヤーも、PCを殺したくはないし、殺されたくもない。
  • 狂戦士化時の攻撃対象は、STが選んだ中からプレイヤーが決める。

ということを前提に話すわね。前提から外れるケースは、後からちょっと考えるわ。前提に思想が入っている辺りが、いかにもW:tAだけれど」

「うん、わかった」

「さて……STとして、PCの狂乱に出くわした場合、PCがPCを殺してしまうことを防ぐためのカードは、3種類あるの」

「方法が3つあるってことだね」

「そう。但し、毎回その全部が使えるわけではないのね。ま、その場合分けは後でするとして、とりあえずカードの使い方を教えるわ」

ミアは頷いて、ペンを持つ手に力を込めた。

「1枚目は、攻撃対象を決めるカード」

「さっき話したヤツだね」

「そうね。死にそうなPCが攻撃対象にならなければ、死なない。但し、前述の通り、攻撃しない理由……というか、他の対象を攻撃する理由を語れなければ、使えないカードね」

「理由か……えーと、間にいた、妨害してきた、攻撃してきた、だっけ」

「近くで暴れられて耳に障った、とか、武器の光が目に障った、とかいうのもありかな」

彼女は首を傾げて……

「……それって、いつでも出せそうじゃない?」と訊いて来た。

「他のPCも死にかけたりして、消極的になると、身代わりがいなくなって、出せないこともあるわ」

「あ……そうか」

「はい、そこで2枚目。狂乱を終わらせるカード」

「え? そんなことできるの?」

「狂乱した原因が、STCとか、無生物とか、PC以外ならね。使用条件は、原因を場面から消すこと」

「あ……醒めるための<意志力>判定をさせるカードってことかぁ……PCは勝手に場面から消せないから、PC以外なんだね」

「そう。ちなみに、殺す以外に、界渡りとかでも消したことになるからね」

「狂乱してるガルゥは界渡りできないもんね」(訳注:日本語版P216参照)

「姿を消す霊宝とかでもいいし、他のSTCが原因のヤツを抱えて、ジャンプして屋根の上に跳びあがってもいい。物なら、誰かに壊して貰えばいいし」

「ナルホド。使えれば強そうなカードだね」

「そして、最後の3枚目が……」

「(ゴクッ)……最後の3枚目が……?」

「黄金律のカード」

「それって、ありなの?」

ルールはない」(訳注:再出。日本語版P199)

いい声で言ってみた。ミアは流石に不服そうだけれど。

「そりゃ、そうだけどさ」

「2時間使ってキャラメイクして、セッション開始1時間で、偶然の狂乱で死ぬくらいなら、黄金律を使う方がいい」

「そう言われると、そんな気もしてくるけど……」

それでも、まだ不服そうなので、引っかかる部分を軽減する答えを提案してみる。

「使用条件……っていうほどのこともないけれど、一応の公平性のために、何かを代償にした方がいいかな」

「例えば?」

「どちらかのPCの祖霊の魂が輪廻に還ってしまう、霊宝の中の精霊が霊験で助けてくれるけどその霊宝が灰になる、許婚とか兄弟みたいな重要なキンフォークが飛び込んで来て身代わりになる、伯父さん……じゃない、導師が身代わりになる、欠点とか忌腹の奇形に類似した恐怖症やPTSDがつく、襲われたPCの目や腕、身体カテゴリの能力値や<容姿>から1つ、襲ったPCの腕や<霊力>原点や<意志力>原点……って、これくらいあれば1つくらいPCの抱くワーウルフ像に合う物があるでしょ」(訳注:欠点は追加ルール。未訳)

「キンフォークが身代わりかぁ……あぶなぁーい! ってヤツだよね。それなら有りかなぁ」

と言いながら、抱きついてくるミア。駄目だ、可愛い。

「そ、そうね。あー……えーっと、ミア? このままだと、キンフォークの男達の視線が、痛いんだけど」

「いいのいいの、妬かせておけば。姐さんを妬んだって仕方ない、ってわかるまで見せつけてあげるの」

「いや、その、あー……ほら、まだ終わってないし!」と言って、ミアを元通り座らせる私。

「ちぇー……」と、口では言いながら、慌てる私を見てニヤついているミア。むぅ、可愛くない。

「それで、姐さん、襲ったPCの腕や<霊力>原点や<意志力>原点って、どんなファンタジーなの?」

「ん? 嗚呼。敵に洗脳されて味方を殺せとか言われた時に、自分の腕を貫いて止めたり、内なる声が響いてどうのこうの、とかあるじゃない」

「あ、見たことある」

「それをデータに反映してみたらこうなった。ルールはない

「姐さんがPCを殺したくないのは、よーくわかったよう……」

ミアの書いたまとめ : PCを殺させないためのカード

  1. 攻撃対象を決めるカード
  2. 狂乱を終わらせるカード
  3. 黄金律のカード

 

「えっと……次は、カードの確認?」

「そうね。狂乱の原因がPCか、それ以外か。パック仲間が区別できるかどうかで、STの手札が決まるわ。

  • 原因がPC以外で、パック仲間が区別できる → 2,3,(限定的に1)
  • 原因がPC以外で、パック仲間が区別できない → 1,2,3
  • 原因がPCで、パック仲間が区別できる → 3,(限定的に1)
  • 原因がPCで、パック仲間が区別できない → 1,3

……と、こんな感じ。カードはできるだけ若い方から使ってね」

「こうして見ると、原因がPCで、パック仲間が区別できる時がつらいのがはっきり……限定的に1っていうのは、選択肢から最終的に選ぶのがPCだからってことかぁ」

「うん、そう。非限定の1とか2のカードがある場合は、密室に2人きりとか、そういうよほど酷いケースでしか、3のカードの出番はないと思うの。つまり、普通に対処できるってことね」

「そりゃ、そうだよね。攻撃対象が選べるか、狂乱を終わらせられるかすれば、死人は出ないし。……でもさ、限定的な1のカードだって、十分役に立つんじゃない? 選択肢はSTが用意するんだし」

 

ついに一番面倒な話をする時が来てしまった。ここまでは、要は談合による出来レースなのだ。

「そこで、さっき後から考えると言った、前提から外れるケースの話になるんだけど……」

「うん」

「襲われているPCに、狂乱しているPCから狙われる理由があったら?」

「うえぇ……そんな話になるの!?」

「逆でもいいわ。狂乱しているPCに、狙われる理由があったら? 止める側も、グーパンでは済まさないかもよ。爪や牙の出番かも」

「うーん……例えばどんな理由?」

「例えば? そうね、昔、ケルンの位置をデッドマンズハンドに売ったPCがいたわ」

彼女は目を見開き、口をパクパクと動かした。開いた口が塞がらないようだ。

「はぁ!? 正気なの? 事故とか勘違いとかじゃなく?」

「彼は、正気だと主張していたし、事故でもないわ。……勘違いなら、STが止めていたはずだし。まあ……彼が狂乱したら、止めるフリをしてKIAにしてやろうと思っていたけれど、私にはチャンスが来なかったなぁ……」(訳注:KIAとは戦死のこと、killed in action)

「あたしだってチャンスを窺うよ、それは……」

「さて、それでは、彼が、ミアを狂乱させたとしましょうか。この場合、PCはPCを殺したくない、というさっきの前提が成立するでしょうか」

「あ……」

「STは、当然いつも通り、その彼を攻撃対象案の1人に入れたとしましょう。場の空気っていうやつは、チャンスって空気です。どうするミア?」

「……その彼に攻撃する」

「うん、知ってた。さて、その場合、STは黄金律のカードを出すべきか、否か」

「ええええええ、何その難問!? どうするの?」

「それは、プレイヤー達と話し合って決めるしかないわ。ただ、そこまでの話になるには、PCがPCを気に入らない、という以上に、自分のPCはこんな無法を見過ごしていいのか、みたいな思いがプレイヤーにあるから、簡単に譲らない可能性が高いわね。そうなると、ルール通りに死んでもらうか、命は助ける代わりにMIAにするか、助ける代わりにごっそり代償を取るか、どうするにしても、厳しめに対処しないと溜飲が下がらないかも」(訳注:MIAとは戦闘中行方不明のこと、missing in action)

「そうだよね……そんな気がする」

「一見似てるけど、躊躇無く黄金律のカードを使える例もあるわ。プレイヤーは特別なんとも思っていなくて、PCの個人的な理由で怒った場合、かな」

「例えば、どんな感じ?」

「忌腹のPCが、ガルゥ同士の情事を見咎めてしまった、とか」

「んー……あー……確かに、唱い掟違反ではあるけれど、ケルンを巻き込んだ大問題、ってわけでもないってことか……でも、自分が忌腹だから、PCの思考としては引けないんだね」

「そうそう。キャラクター的には助けたいけれど、PCとしては手を抜けない。これなら助けても誰も文句を言わない。むしろ、その軋轢をネタにして、面白いシナリオが書けるかもしれない。だから、黄金律のカードが出せる」

と言いながら、カードを場に出す仕草をする。彼女はカードが置かれた所をじっと見て、考えているようだ。……睫毛長い。作り物でも、これほど美しい横顔は目にしたことがない。ぼんやりと見とれていると、彼女は急にこちらを向いた。自分の心拍数が跳ね上がるのがわかる。……あれ? これってさ……と、何かを思いつきかけた所で、

「なんかわかった気がする!」

と、彼女は屈託の無い笑顔で笑った。私も、大きく、止まっていた息をついてから、つられて微笑んだ。

 

「でもさ、わかんないことがあるんだ」

ミアが真剣な顔で私を見る。強い声色に、なんとなく気おされてしまう。

「……な、なに?」

「フィアナの人って、いっつも狂乱する方だよね、止める方じゃなくて」

「それが何故か、なんて、私には……」と言い掛けると、

「そうじゃない。姐さんはフィアナなのに、必ず真っ先に止めに行く人なの。危ないに決まってるのに、そんな、ほっそい腕で。それってなんで?」

「なんで、って……その……」

彼女は、意志の篭った、それでいて泣き出しそうな顔で私を見つめる。私は、そこに並々ならぬ思いを感じた。誤魔化しても、納得しそうにないわね……。

 

「……私は、ガリアルドだから」

気づくと、独り言のように言っていた。

「え?」

「私は、確かにフィアナだけれど、ガリアルドだから」

ミアは、わからない、という顔をしている。それは、そうかもしれない。

「ふとしたことで狂乱して、止めて貰えずに死んだガルゥがいたら、それを語るのは、私」

「あ……そっか……」

「何かを為すために犠牲になったガルゥの話でもつらいのに、あれは本当に嫌なものよ。フィアナの仲間達は、そんな時でも、泣いて、喚いて、飲んで、暴れて、寝たら、次の日には割り切っているけれど、私はそんなに器用じゃなくって……」

「それで、何ができるか考えたってことなの?」

「そう。私には力がなかったから、ガルゥを転がして、上から殴る、ひたすらそれだけ練習したの。それと、意志も鍛えた。自分が狂乱していたら、止められないから。そのせいで、らしくないってよく言われるけれど、いいの。一番悲しい物語を語らないためなら、安いものよ」

いつの間にか、ミアが涙目になっている。う……そんな、泣かれても、困るんだけど……。

「ま、そんなわけだから、ね。えーと、そのー、みんなには、秘密だからね? 貴方と、伯父さ……導師しか知らないんだからさ」

「うん、わかった……。ありがとう、教えてくれて。でも、私だって、姐さんが去った物語を聞くのは、嫌なんだから、気をつけて……ね……?」

「……わかったわ」

私が笑顔で頷くと、彼女も笑顔を返したのだった。

※これらの文章は、2013夏コミ本「ガルゥによるガルゥのためのストーリーテリング7つのコツ」に収録した物を、出版前に先行公開していた物です。

目次

狂乱されたらどうすればいい?」 へ

狂乱の話の続き、教えて?」 へ


 

Dear, Japanese Garous and Feras, with love.

日本のガルゥ及びフェラ諸氏の皆様、ご機嫌良う。

私は、日本に住まうフィアナ族、烏丸緋彩と申します。

この度は、私どものサイトをご訪問下さり、誠にありがとうございます。

 

(嗚呼……慌てて画面を覗き込む者がいないか確かめる必要はございません。このサイトは、最新のGVS:Gnosis Verifying Systemにより暗号化されており、ベールの内にいる者にしか、読むことは適いません。)

 

さて、本題に参りましょう。

先日、私が iGaroud を拝見しておりました所、面白い文章が目に留まりました。

 

Storytelling TIPs for “Garouing” Garous (by Celeste Carlevaris, Fianna)

 

それは、アメリカに住まうフィアナ族セレステ・カルレヴァリス氏によって書かれた、『使命』の余暇にワーウルフ:ジ・アポカリプスをプレイする、ガルゥ達のためのストーリーテラー用TIPSで、彼女がサブカル仲間から受けたストーリーテリングの相談事に、彼女自身が回答する形式で書かれていました。

ガルゥが、ガルゥのために書いた、ストーリーテリングTIPS――その存在は私の心を強く惹き付けました。

 

私は彼女にコンタクトを取り、日本語への翻訳と、日本のガルゥ及びフェラ諸氏へ公開する許可を頂きまして、今回、ここに掲載するに至りました。この場を借りてセレステ・カルレヴァリス氏に感謝申し上げます。

 

最後に、このTIPSが皆様のストーリーテリングのお役に立ちますように祈念致しております。

 

 

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